第94回 調達を機軸とした企業変革力の強化

1.調達戦略立案の考え方

前回、「調達リードタイムを第一の調達戦略とした調達管理」の重要性を説明しました。従来、プロキュアメント(Procurement)とも呼ばれる“調達管理”は、製造コストの70%程度を占める原材料コストを削減することに主眼を置いた議論が多いようです。確かに企業競争を考える上で、他社よりも安い原価でものづくりが出来ることは製造業にとって重要です。しかしこれは、誤解を承知で言うと“平時”の取り組みと言えるでしょう。企業変革力が求められる状況は、どちらかと言うと”有事“を想定した取り組みと考えるべきです。

ところで調達業務の価値観は何かと問われると、Q(Quality:品質)、C(Cost:価格)、D(Delivery:納期)と答える人は多いでしょう。それではQCDのどれを優先するかと問われたら皆さんはどう答えるでしょうか。実は”Q“と答える人が大半なのが実情なのです。これは品質第一という製造業一般の理念に対する回答であって、QCDに対するものにはなっていません。QCD最適化の発想持った思考こそが有事を想定した調達戦略の立案時に求められます。

それでは正しくQCDの優先順位の議論をする上で重要な考え方は何でしょうか。我々がコンサルティングの場で実践しているのが、QCD-COAという考え方の活用です。図1はQCD―COAと製品のライフサイクルの関係を示したものです。図に示す通りQCDそれぞれに対して、C(Constrain:制約化)、O(Optimize:最適化)、A(Accept:容認化)を対応付けることによって、QCDの優先順位を明確にすることを狙いとしています。イメージ的には、要求されるQのレベル維持を前提として、製品の立ち上げ時には市場に確実に製品を提供するためにDを優先することになります。そして市場が成熟するにつれてCが優先されていきます。企業変革力の強化のために調達部門に求められるのは、QCD-COAの最適点を常に意識して、社内の進むべき道逸れないためのアンカーとして適切な判断を促し、経営戦略に反映させることです。

生産革新第20-5

2.カテゴリー戦略の明確化の重要性

経営戦略に基づいて調達戦略を策定する上で重要なのは、自社の取り扱う膨大な部品を把握して、ポートフォリオ管理をすることです。図2にその管理の考え方を示します。

生産革新第20-5

調達部門が取り扱う部材とその特性は多岐に渡るため、一度に全体像を把握することは困難です。また当然ではありますが、重要部材と汎用品を一律に同じ戦略で管理することは現実的ではありません。図2は部材を技術と購入規模の二面でマトリックス化しておりますが、調達戦略の基本方針や方向性の見通しを良くしてくれることが理解できると思います。第一象限は、自社にとってのコア技術で直結する部材を供給するサプライヤーとの関係性を強化する部品群です。開発段階から連携してコストの作り込みを狙うことになります。第二象限は、自社製造だけでなくサプライチェーンにおいてボトルネックの可能性がある部材が該当します。サプライヤーとの管理面の連携強化がポイントとなります。第三象限は非重要品であり、徹底した合理化やBCPなどを想定したリスクヘッジを行う領域です。そして第四象限がレバレッジ品であり、調達戦略の中心となります。レバレッジとは経済学的には「他人資本を活用する」といった意味があります。社内、社外との組織的な取り組みによりコスト削減を進めることになります。QCDに置き換えてみると、第一象限がQ,第二象限がD,そして第四象限がCに対応すると考えると分かりやすいでしょう。最終的にはCに落とし込む(図の①と②の矢印)活動になります。

3.調達業務実行の安定化

多くの製造業において調達業務の実行に携わるパーチェシング担当者は日々の業務に忙殺されています。そもそもパーチェシングの負荷はどのように決まるのでしょうか。一義的は取り扱う部品数によって決定し、その数量に応じた人員、システム整備が求められる事になります。以前、日米の同業種の調達部門の比較で、日本の調達部門の人員がはるかに少なかったそうですが、ユニットなどに起因するBOM階層の深さの違いとして理解が出来ます。確かにユニット化やモジュール化はパーチェシング業務の負荷を減らす面はありますが、一方で外注管理面(技術管理、品質管理、SDG‘s)での困難さが高まることになります。受入検査業務の負荷設計が出来ていないために、検査の質が低下して次工程に流出ししりぬぐいに追われる会社はよく見かける風景です。会社の描く経営戦略が、調達部門内のリソース配分を決定することを理解した上で、調達部門の体制構築や組織運営を行う必要があります。

調達業務はKKK(カンと気合と根性)に頼った面が強く、属人的であると言われますが、現在の変革の時代においてはそれが通用しなくなってきているのは明らかです。図3に示すように、部品を一品毎に把握するのではなく、調達リードタイムなどの実績データの収集・層別と、品目の属性に応じた層別との関係を整理して、体系的に管理する体制を整備することが求められます。



生産革新第20-5

最も重要な業務の一つである見積り査定を例にとると、品目の特性や購入形態によって比較方式、コストテーブル方式、積み上げ方式から選択する必要があります。また素材等の価格は市場に大きく影響を受けるため、適切に情報収集する必要がありますし、複雑な部品では要素毎の見積もりを行う技量が求められます。それら査定手法と手順を標準化し、個々人の持つノウハウを徹底的に洗い出してマスターデータ化することが、変化点が発生したときの対応の速さや確実さに影響するのです。

また設計図面の品質が悪いために、サプライヤーからの問い合わせや現場からのクレーム対応に追い立てられることも調達部門の“あるある”ではないでしょうか。過去のサプライヤーとの取り決めで図面公差未満の精度で製作した経緯が忘れ去られてしまい、サプライヤー変更時に大きなトラブルを起こしたといった経験をお持ちの方も居ると思います。グローバルソーシングが普通となった現代では、幾何公差*1の普及も調達部門が強く推進すべきです。また不具合発生時の処置が応急処置に留まらないように、確実な歯止め、恒久対策課が求められます。購入品質保証部署を設置している会社は多くは無いようなので、調達部門は品質保証部門と連携して、サプライヤーに対してなぜなぜ分析や8Dレポート*2のような適切な手法を用いた是正要求を行う必要があります。設計技術や品質技術それに製造技術にも明るいバイヤーの育成と育成システムの整備は、変化の大きい時代にこそ求められるのです。今後の調達部門は実務者レベルにおいても関係部署の“要”となる必要があるのです。

*1:JIS B0420-1:2016制定の背景の一つには、グローバル化だけでなく、生産拠点国外流出による技術の空洞化対応もあると言われている。
*2:米国フォード社が考案した品質問題解決フレームワーク





株式会社アステックコンサルティング
コンサルティング本部 チーフコンサルタント 吉久 康樹
生産革新講座 連載
第104回  新製品の企画開発の進め方(3/3)(2023.3.13)
第103回  新製品の企画開発の進め方(2/3)(2023.2.20)
第102回  新製品の企画開発の進め方(1/3)(2023.1.30)
第101回  原価設計と運用(3/3)(2023.1.12)
第100回  原価設計と運用(2/3)(2022.12.19)
第99回  原価設計と運用(1/3)(2022.11.28)
第98回  経営成果につながる小集団活動(3/3)(2022.11.16)
第97回  経営成果につながる小集団活動(2/3)(2022.10.18)
第96回  経営成果につながる小集団活動(1/3)(2022.9.26)
第95回  調達を機軸とした企業変革力の強化(3/3)(2022.9.5)
第94回  調達を機軸とした企業変革力の強化(2/3)(2022.8.23)
第93回  調達を機軸とした企業変革力の強化(1/3)(2022.7.25)
第92回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(3/3)(2022.7.4)
第91回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(2/3)(2022.6.13)
第90回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(1/3)(2022.5.30)
第89回  間接部門の働き方改革(3/3)(2022.5.18)
第88回  間接部門の働き方改革(2/3)(2022.4.14)
第87回  間接部門の働き方改革(1/3)(2022.3.25)
第86回  生産性指標の設定と活用方法(3/3)(2022.2.28)
第85回  生産性指標の設定と活用方法(2/3)(2022.2.7)
第84回  生産性指標の設定と活用方法(1/3)(2022.1.19)
第83回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(3/3)(2021.2.22)
第82回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(2/3)(2021.2.8)
第81回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(1/3)(2021.1.25)
第80回  生産設計によるコストダウン(3/3)(2021.1.12)
第79回  生産設計によるコストダウン(2/3)(2020.12.21)
第78回  生産設計によるコストダウン(1/3)(2020.12.7)
第77回  生産管理システムを活かした改善(3/3)(2020.11.24)
第76回  生産管理システムを活かした改善(2/3)(2020.11.9)
第75回  生産管理システムを活かした改善(1/3)(2020.10.27)
第74回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(4/4)(2020.10.12)
第73回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(3/4)(2020.9.29)
第72回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(2/4)(2020.9.14)
第71回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(1/4)(2020.8.24)
第70回  指標管理による業務革新の「見える化」(3/3)(2020.8.3)
第69回  指標管理による業務革新の「見える化」(2/3)(2020.7.20)
第68回  指標管理による業務革新の「見える化」(1/3)(2020.7.6)
第67回  部門・組織を越えた改善の進め方(3/3)(2020.6.22)
第66回  部門・組織を越えた改善の進め方(2/3)(2020.6.8)
第65回  部門・組織を越えた改善の進め方(1/3)(2020.5.26)
第64回  全体最適型改善のススメ(3/3)(2020.5.15)
第63回  全体最適型改善のススメ(2/3)(2020.4.27)
第62回  全体最適型改善のススメ(1/3)(2020.4.6)
第61回  攻めの設備保全(3/3)(2019.8.5)
第60回  攻めの設備保全(2/3)(2019.7.22)
第59回  攻めの設備保全(1/3)(2019.7.1)
第58回  食品メーカーの生産性革命!(3/3)(2019.6.17)
第57回  食品メーカーの生産性革命!(2/3)(2019.6.3)
第56回  食品メーカーの生産性革命!(1/3)(2019.5.20)
第55回  コストの見える化(3/3)(2019.5.8)
第54回  コストの見える化(2/3)(2019.4.15)
第53回  コストの見える化(1/3)(2019.4.1)
第52回  強い管理職をつくる!(3/3)(2019.3.18)
第51回  強い管理職をつくる!(2/3)(2019.3.4)
第50回  強い管理職をつくる!(1/3)(2019.2.18)
第49回  設計開発部門改革の第一歩(5/5)(2019.2.4)
第48回  設計開発部門改革の第一歩(4/5)(2019.1.21)
第47回  設計開発部門改革の第一歩(3/5)(2019.1.7)
第46回  設計開発部門改革の第一歩(2/5)(2018.12.17)
第45回  設計開発部門改革の第一歩(1/5)(2018.12.3)
第44回  鋳物工場の生産性向上(3/3)(2018.11.19)
第43回  鋳物工場の生産性向上(2/3)(2018.11.5)
第42回  鋳物工場の生産性向上(1/3)(2018.10.22)
第41回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(3/3)(2018.10.1)
第40回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(2/3)(2018.9.18)
第39回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(1/3)(2018.9.5)
第38回  一品受注型企業のリードタイム短縮(3/3)(2018.8.20)
第37回  一品受注型企業のリードタイム短縮(2/3)(2018.8.2)
第36回  一品受注型企業のリードタイム短縮(1/3)(2018.7.17)
第35回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(3/3)(2018.7.4)
第34回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(2/3)(2018.6.5)
第33回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(1/3)(2018.5.23)
第32回  機械加工職場の生産性向上(3/3)(2018.6.27)
第31回  機械加工職場の生産性向上(2/3)(2018.6.11)
第30回  機械加工職場の生産性向上(1/3)(2018.4.24)
第29回  一気通貫生産のバリエーション化(3/3)(2017.6.19)
第28回  一気通貫生産のバリエーション化(2/3)(2017.5.19)
第27回  一気通貫生産のバリエーション化(1/3)(2017.4.18)
第26回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(3/3)(2017.3.22)
第25回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(2/3)(2017.2.21)
第24回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(1/3)(2017.1.24)
第23回  時代環境と変えるべきもの(3/3)(2016.12.13)
第22回  時代環境と変えるべきもの(2/3)(2016.11.15)
第21回  時代環境と変えるべきもの(1/3)(2016.10.18)
第20回  改革の成否を決める教育の重要性(2015.2.17)
第19回  生産革新の方向性(2014.6.20)
第18回  改善戦略が必要な時代!(2014.5.8)
第17回  「脱カンバンの生産革新」 一気通貫方式のすすめ(3/3)(2013.8.12)
第16回  「脱カンバンの生産革新」 一気通貫方式のすすめ(2/3)(2013.7.5)
第15回  「脱カンバンの生産革新」 一気通貫方式のすすめ(1/3)(2013.5.28)
第14回  時代は経営視点からの改善を必要としている(2/2)(2013.3.21)
第13回  時代は経営視点からの改善を必要としている(1/2)(2013.2.13)
第12回  現場改善だけでは成果につながらない(3/3)(2013.1.16)
第11回  現場改善だけでは成果につながらない(2/3)(2012.12.11)
第10回  現場改善だけでは成果につながらない(1/3)(2012.11.12)
第9回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(3/3)(2012.10.12)
第8回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(2/3)(2012.09.26)
第7回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(1/3)(2012.08.20)
第6回  仕組みを変えればコストは下がる(6/6)「生産設計によるコストダウン」(2012.02.27)
第5回  仕組みを変えればコストは下がる(5/6)「設計によるコストダウン」(2012.02.03)
第4回  仕組みを変えればコストは下がる(4/6)「生産の流れをコントロールする」(2011.12.28)
第3回  仕組みを変えればコストは下がる(3/6)「生産の仕組み自体を変えていく」(2011.09.26)
第2回  仕組みを変えればコストは下がる(2/6)「生産管理の仕組みを変える」(2011.08.29)
第1回  仕組みを変えればコストは下がる(1/6)「コストは狙って下げるもの!」(2011.08.08)

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