第62回 全体最適型改善のススメ

1.改善活動の目的は競争力強化

多くの企業が日々改善活動に取組まれていると思うが、その活動目的は明確になっているだろうか。従業員教育のためにやっている、部門ごとの生産性向上を指示している、自主的に目標を決めて活動を進めているなど回答はさまざまあるだろうが、残念ながら直接的に経営成果につながるような改善を実施できているのはごく少数ではないかと思う。これは日本の改善活動がQC活動からスタートし、チーム単位で改善に取り組むと言うスタイルが長年続いてきたことも関係していると思われるが、基本的に狭い視点で深堀りをしていくという形が改善活動の本流となっているためである 。

このような改善も必要なことは間違いないが、今の時代に求められるのは大きな経営視点での改善であり、会社としての弱さの克服および強みを引き出して行く改善なのである。言い換えれば改善は企業競争力の強化を目的として取組むものであり、同業他社に対して競争優位な状況をつくり出すために行うべきものなのだ。図1に示しているように、納期戦略、差別化戦略、コスト戦略を通じて自社の競争力を強化していくのが改善活動の本来の目的であり、社内で行う各種の改善活動は結果的にこの「競争力強化」活動につながっていなければ意味はない。



生産革新第20-5



2.製造視点の改善から経営視点の改善へ

企業としての競争力を上げるのが改善活動の目的だが、一般的に市場における競争とはどのような形で発生しているのだろうか。それを示したのが図2である。


生産革新第20-5



一般的に企業間における競争は「価格」と「品質・機能」の間で発生する。同じ品質ならば価格が安いほうが有利になるし、同じ価格なら機能(バリエーション)が多いほうが有利になる。この価格と品質・機能の関係が企業間競争のベースであることは間違いない。そして価格と品質・機能の競争が継続していく中で多品種化が進み、企業は多品種少量生産環境に陥っていくことになる。そしてある程度まで多品種化が進んでしまった市場環境を一般的に成熟市場という名前で呼ぶことになる。この成熟市場ではやがて価格と品質・機能の関係は平衡状態になっていくため、「納期」や「サービス」などの新たな競争条件が現れて競争を続けていくことになる。 この成熟市場(多品種少量生産環境)の特徴は新たな競争条件が複数発生してくるということであり、自社の競争力を強化していくためにはどの部分を強化すべきなのかという明確な戦略が必要になる。従来から多くの製造メーカーが取り組んでいる“現場改善”“小集団活動”を続けていれば何とかなるという時代は過ぎ去り、“ここを強くする”という明確な戦略のもと改善に取り組まなければならない時代になってきている。つまり、改善活動も製造視点の改善から、経営視点の改善に大きく方向性を変えていかなければならないのである。


図3に示しているのは経営的視点で改善活動のテーマを決める方法である。具体的には自社の強み・弱みを明確にした上で、弱い部分を全体的にレベルアップさせる改善(全体底上げ改善)を行うのか、どこか1つの部分に全エネルギーを集中させる改善(強み伸張型改善)を行うのかということだ。全体底上げ改善では複数の分野の改善を同時進行型で進める形になるため、必然的に組織単位で取り組むことが多くなる。メリットとしては複数の分野で改善に取り組むので漸進的な成果が期待できるということと、部門単位で取り組むのでマネジメントがやりやすくなることである。 逆にデメリットとしては、急激な変化や大きな成果は求められない、ある程度の人員規模、組織規模がないと活動自体が進みにくい、部門間の連携が薄くなりがちであるということである。いわば、それなりに企業規模が大きく、市場シェアも持っている企業が取るべき改善戦略といえる。 もう1つの改善戦略が、強み伸張型改善と呼ばれるやり方である。簡単に言うとメインテーマ部分の改善に投入できるほぼすべてのエネルギーを投入し、短期間で一気に改善を進め、大きな目標を達成する取組みだ。当然ながらメインテーマ以外の部分には最低レベルのエネルギーしか投入しないということになる。このやり方はかなり極端なやり方だが、短期間で大きな成果を上げるためには非常に有効な取組み方法である。通常は企業規模がそれほど大きくない企業や改善に費やすエネルギー量が限定されている企業、企業としての強みをつくり上げたいという企業が取り組む方法である。このやり方では社内の全部門が同一テーマに向かって動いていくことになるので、明確な改善戦略が必要だし、部門間連携が容易にできる企業体質も必要となる。また、社内各部門が全体最適志向で改善に取り組んでいくことも必須の条件になる。 いずれにしろ、今後大きな成果を期待する改善を行っていく場合には、製造視点の改善だけでなく経営視点での改善も進めていくべきである。


生産革新第20-5




株式会社アステックコンサルティング
代表取締役社長 岩室 宏
生産革新講座 連載
第105回  生産管理の重要性 ~製造メーカーにおける生産管理の位置づけ~(2024.10.9)
第104回  新製品の企画開発の進め方(3/3)(2023.3.13)
第103回  新製品の企画開発の進め方(2/3)(2023.2.20)
第102回  新製品の企画開発の進め方(1/3)(2023.1.30)
第101回  原価設計と運用(3/3)(2023.1.12)
第100回  原価設計と運用(2/3)(2022.12.19)
第99回  原価設計と運用(1/3)(2022.11.28)
第98回  経営成果につながる小集団活動(3/3)(2022.11.16)
第97回  経営成果につながる小集団活動(2/3)(2022.10.18)
第96回  経営成果につながる小集団活動(1/3)(2022.9.26)
第95回  調達を機軸とした企業変革力の強化(3/3)(2022.9.5)
第94回  調達を機軸とした企業変革力の強化(2/3)(2022.8.23)
第93回  調達を機軸とした企業変革力の強化(1/3)(2022.7.25)
第92回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(3/3)(2022.7.4)
第91回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(2/3)(2022.6.13)
第90回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(1/3)(2022.5.30)
第89回  間接部門の働き方改革(3/3)(2022.5.18)
第88回  間接部門の働き方改革(2/3)(2022.4.14)
第87回  間接部門の働き方改革(1/3)(2022.3.25)
第86回  生産性指標の設定と活用方法(3/3)(2022.2.28)
第85回  生産性指標の設定と活用方法(2/3)(2022.2.7)
第84回  生産性指標の設定と活用方法(1/3)(2022.1.19)
第83回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(3/3)(2021.2.22)
第82回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(2/3)(2021.2.8)
第81回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(1/3)(2021.1.25)
第80回  生産設計によるコストダウン(3/3)(2021.1.12)
第79回  生産設計によるコストダウン(2/3)(2020.12.21)
第78回  生産設計によるコストダウン(1/3)(2020.12.7)
第77回  生産管理システムを活かした改善(3/3)(2020.11.24)
第76回  生産管理システムを活かした改善(2/3)(2020.11.9)
第75回  生産管理システムを活かした改善(1/3)(2020.10.27)
第74回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(4/4)(2020.10.12)
第73回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(3/4)(2020.9.29)
第72回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(2/4)(2020.9.14)
第71回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(1/4)(2020.8.24)
第70回  指標管理による業務革新の「見える化」(3/3)(2020.8.3)
第69回  指標管理による業務革新の「見える化」(2/3)(2020.7.20)
第68回  指標管理による業務革新の「見える化」(1/3)(2020.7.6)
第67回  部門・組織を越えた改善の進め方(3/3)(2020.6.22)
第66回  部門・組織を越えた改善の進め方(2/3)(2020.6.8)
第65回  部門・組織を越えた改善の進め方(1/3)(2020.5.26)
第64回  全体最適型改善のススメ(3/3)(2020.5.15)
第63回  全体最適型改善のススメ(2/3)(2020.4.27)
第62回  全体最適型改善のススメ(1/3)(2020.4.6)
第61回  攻めの設備保全(3/3)(2019.8.5)
第60回  攻めの設備保全(2/3)(2019.7.22)
第59回  攻めの設備保全(1/3)(2019.7.1)
第58回  食品メーカーの生産性革命!(3/3)(2019.6.17)
第57回  食品メーカーの生産性革命!(2/3)(2019.6.3)
第56回  食品メーカーの生産性革命!(1/3)(2019.5.20)
第55回  コストの見える化(3/3)(2019.5.8)
第54回  コストの見える化(2/3)(2019.4.15)
第53回  コストの見える化(1/3)(2019.4.1)
第52回  強い管理職をつくる!(3/3)(2019.3.18)
第51回  強い管理職をつくる!(2/3)(2019.3.4)
第50回  強い管理職をつくる!(1/3)(2019.2.18)
第49回  設計開発部門改革の第一歩(5/5)(2019.2.4)
第48回  設計開発部門改革の第一歩(4/5)(2019.1.21)
第47回  設計開発部門改革の第一歩(3/5)(2019.1.7)
第46回  設計開発部門改革の第一歩(2/5)(2018.12.17)
第45回  設計開発部門改革の第一歩(1/5)(2018.12.3)
第44回  鋳物工場の生産性向上(3/3)(2018.11.19)
第43回  鋳物工場の生産性向上(2/3)(2018.11.5)
第42回  鋳物工場の生産性向上(1/3)(2018.10.22)
第41回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(3/3)(2018.10.1)
第40回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(2/3)(2018.9.18)
第39回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(1/3)(2018.9.5)
第38回  一品受注型企業のリードタイム短縮(3/3)(2018.8.20)
第37回  一品受注型企業のリードタイム短縮(2/3)(2018.8.2)
第36回  一品受注型企業のリードタイム短縮(1/3)(2018.7.17)
第35回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(3/3)(2018.7.4)
第34回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(2/3)(2018.6.5)
第33回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(1/3)(2018.5.23)
第32回  機械加工職場の生産性向上(3/3)(2018.6.27)
第31回  機械加工職場の生産性向上(2/3)(2018.6.11)
第30回  機械加工職場の生産性向上(1/3)(2018.4.24)
第29回  一気通貫生産のバリエーション化(3/3)(2017.6.19)
第28回  一気通貫生産のバリエーション化(2/3)(2017.5.19)
第27回  一気通貫生産のバリエーション化(1/3)(2017.4.18)
第26回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(3/3)(2017.3.22)
第25回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(2/3)(2017.2.21)
第24回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(1/3)(2017.1.24)
第23回  時代環境と変えるべきもの(3/3)(2016.12.13)
第22回  時代環境と変えるべきもの(2/3)(2016.11.15)
第21回  時代環境と変えるべきもの(1/3)(2016.10.18)
第20回  改革の成否を決める教育の重要性(2015.2.17)
第19回  生産革新の方向性(2014.6.20)
第18回  改善戦略が必要な時代!(2014.5.8)
第15回~第17回  「脱カンバンの生産革新」 一気通貫方式のすすめ(2013.5.28)
第14回  時代は経営視点からの改善を必要としている(2/2)(2013.3.21)
第13回  時代は経営視点からの改善を必要としている(1/2)(2013.2.13)
第12回  現場改善だけでは成果につながらない(3/3)(2013.1.16)
第11回  現場改善だけでは成果につながらない(2/3)(2012.12.11)
第10回  現場改善だけでは成果につながらない(1/3)(2012.11.12)
第9回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(3/3)(2012.10.12)
第8回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(2/3)(2012.09.26)
第7回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(1/3)(2012.08.20)
第6回  仕組みを変えればコストは下がる(6/6)「生産設計によるコストダウン」(2012.02.27)
第5回  仕組みを変えればコストは下がる(5/6)「設計によるコストダウン」(2012.02.03)
第4回  仕組みを変えればコストは下がる(4/6)「生産の流れをコントロールする」(2011.12.28)
第3回  仕組みを変えればコストは下がる(3/6)「生産の仕組み自体を変えていく」(2011.09.26)
第2回  仕組みを変えればコストは下がる(2/6)「生産管理の仕組みを変える」(2011.08.29)
第1回  仕組みを変えればコストは下がる(1/6)「コストは狙って下げるもの!」(2011.08.08)

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